2014年11月18日火曜日

あさの薪ストーブ事情

コーヒーポット、やかん、お味噌汁、四角いフライパン、夕べの煮物・・・etc

 今シーズンの通常運転に入った我が家の薪ストーブ。
けさも朝からてんこ盛りで仕事をこなしています。

お味噌汁の鍋を筆頭に、大きなやかん、コーヒーポットに牛乳入りコーシーの入ったマグカップ、朝食の焼き鮭を焼くための四角いフライパン、夕べの煮物を温める鍋。

これからの季節、我が家の見慣れた風景なのです。

けさのなんもく村は少しだけ冷え込みも緩んで、外気温は摂氏1℃。
湿り気を多く感じる朝となりました。

2014年11月14日金曜日

今シーズン初めての氷点下。

かたじ屋前のつがいのイチョウ

今シーズン初めての氷点下。(氷点下1.2℃ ~かたじ屋前・薪小屋測候所午前6時計測~)

強風に荒れた昨日の天候のせいか、けさのなんもく村はどこまでも高い空が広がり、ほぼ真上には暁の白月と小さく輝く木星の姿を見ることができます。

数日前に撮ったイチョウの葉も、昨日の強風に煽られ、纏った黄色い葉をもぎ取られて寒々しい姿を晒しています。

なんだかちょっと可哀想な感じ・・・。



 この冷え込みに、我が家のメイン薪ストーブにも火が入り、私よりも一時間ほど遅れて起床してくる家内とこぐまくんにとっては、階段を降りた一階はぬくぬくの別世界のようなもの。

今年もまた、薪ストーブくんのお世話になる季節がやってきました。

2014年11月3日月曜日

薪ストーブ・チビがやってきた!

 このところ、薪の話題が続いたような気がするので、今回は薪ストーブの話題にすることとした。

某ヤフーオークションで手に入れたサビサビの薪ストーブ
それにしても・・・サビだらけ

 かたじ屋母屋奥には、グランドピアノが鎮座し、毎週火曜日から土曜日までは家内の音楽教室(ピアノ教室)が行われております。

毎年、これからの季節はリビングの大きな薪ストーブが活躍し、熾き火をつくってはレッスン室の火桶に移して暖を取っていたのですが、なんとも不便。

なんとかならないものかと毎年毎年の課題、懸案事項となっていたのです。



 今年のストーブシーズンを前にして、一大決心をした我が家では、連日ヤフー・・・おっと!某ヤフーオークションをチェック。小ぶりでオリジナリティがある実用性を兼ね備えた薪ストーブを密かに物色していたのでした。

そして見つけたのが上の画像のようなサビだらけの掘り出し物。

2014年10月22日水曜日

秋の薪割り日和

倉庫から引っ張り出してきたスチームクリーナー

 先日の日曜日。
我が家は総出で薪作りとなりました。



今シーズンの薪ストーブ稼動に向けて、例年に比べかなり遅い薪作り作業となりましたが、朝から良く晴れた日曜日は、まさに絶好の薪作りデー。

午前8時30分スタートの事前協議にも関わらず、10分遅れてのスタートでしたが出足は好調。愛用のチェーンソーが唸りを上げ、大きな薪の用材を玉切りに、あるいは薪割り斧では歯が立たない股物を容赦なくカットしてゆきます。



例年になく薪作りの作業が遅れを来たしていたのには理由があるのです。

移住して間もないころは薪を確保することで頭が一杯になり、寝ても覚めても薪のことばかり考えていたもの。ふと通りかかった他人の家の庭木までが薪に見えてくるほど薪のことが頭を離れなかったもんです。

11回目の冬を迎えるようになったこのごろは、薪の確保にもようやく落ち着きがでて、現在では数年先までの用材を確保し、農道二号線脇の空き地に簡単な屋根を掛けた用材置き場にストックしている状況。

慣れというのは実に恐ろしいもので、年を追うごとにあのころの必死の情熱が緩み、だんだんと『まだ大丈夫だぁ~。』になって、ここ2・3年はこの時期にケツを捲くられるテイタラクなのです。

たんなるサボりというやつですね。理由は。

2014年9月30日火曜日

なんもく・暮らし体験民家

 ここ南牧(なんもく)村では、数年前から村内の空き家・古民家を利用して「暮らし体験民家」を運営しています。

暮らし体験民家・1号館

事業主体は南牧(なんもく)村。

当初の計画・立ち上げには山村ぐらし支援協議会が大きく関わり、南牧(なんもく)村に関心を持ち移住を前提とした希望者に対して一定期間賃貸し、この村での生活を実際に経験していただくという趣旨で運営されています。



このところは利用希望者が切れることなく続いているようで、まずまずの運用ではないかと思っています。

小さなお子さんを連れての利用者もあり、この村への移住を念頭においてひと月ほど生活を体験。結果どのような感想を持ち、この村での生活が良い体験となったのかは分かりませんが、おそらくは当初の予想や期待からは離れた実感、あるいは予想以上に快適であったことなどもあったかもしれません。

2014年9月25日木曜日

冬支度~薪作り~

 『うひょ~っ!』と叫び声をあげたくなるような秋の空が広がっているここ南牧(なんもく)村。

秋はやっぱり富岡サイダー!

今日はというと・・・秋分の日。
朝から眩いほどの日射しが降り注ぎ、どう考えても絶好の薪作りの日なのです。

タダで頂いてきた薪用材は多種にわたり、ケヤキにサクラ、樫にエノキ、桑の木やら楢、柿の木、クスノキ、クリに梅・・・etc。

針葉樹以外のいわゆる雑木の類、主に広葉樹種であればなんでも貰ってきます。

2014年9月16日火曜日

子ども相撲大会in磐戸場所

子どもたちの熱戦の足あとが残る土俵

 “雨の磐戸祭り”の汚名を晴らすかのように、とーってもいい天気となった昨日。

午前中からお祭りの準備でせわしなく、掻き込むように昼飯を流し込んで午後からの子ども相撲大会の会場となっている磐戸駐在所裏の通称ちびっ子広場へと向かいます。

秋の日射しは強いながらも柔らかく、カラッとした湿度のせいか汗ばむこともありません。

約20名ほどの子どもたちの参加があった今年の子ども相撲大会in磐戸場所。

2014年9月1日月曜日

山村の子育て環境は・・・。

 以前の投稿~小さな村の小さな秋祭り~の中でも紹介した群馬県南牧(なんもく)村・磐戸地区を中心に毎年行われてきた秋の例大祭。
今年は9月13日(土曜日)、夕刻の4時ごろから開催される運びとなりました。

こども山車正面

お昼過ぎからは、今年で4回目となるこれまた小さな相撲大会・こども相撲磐戸場所が磐戸駐在所裏のちびっ子広場特設土俵にて開催予定となっております。

わずか15名足らずの子供たちの力の入った取り組み、番外では集まった大人たちの普段見たことがないようなガチの取り組みも行われる予定となっており、草相撲ながらもとーっても楽しめる時間となりそうです。

【投稿記事~小さな村の小さな秋祭り~】
http://zoku-birejjipi-puru.blogspot.jp/2014/07/blog-post.html




 心配していたお囃子組も、予想を超える参加申し込みを頂き、なんとか今年もこの小さな山村の小さな秋祭りを賑やかに盛り上げていくお手伝いができそうな状況となっています。

2014年8月26日火曜日

竹の筏(いかだ)は浮かぶのか?

 世間一般でいうところの“お盆”も過ぎ、不思議と夏の勢いに翳りを感じるような気がするこのごろ。

日中はまだ、暑熱を孕んだ動きの少ない空気にに押しつぶされそうになる作業場内は、立っているだけで汗は噴き出し、換気扇代わりに設置された大型の扇風機を工房内に向けて運転すると、吹き付けて来るのは熱風ばかり・・・。

ちっとも涼しくなんかないのです。



 数日前、学童保育をやっている村内の保育園に頼まれ、夏休み中に通ってくる学童さんを相手に工作教室のようなモノづくりをして欲しいということで、【イカダを作って川で遊んでみよう!プロジェクト】を急遽開催してきました。

磐戸橋下からの風景

2014年8月23日土曜日

飛べっ!チップスター(親子で遊ぼう・夏休み!)

音もなく、空中をすべるように滑空するチップスターの丸い筒。

このまんま飛んでいるわけではありません!

体育館に集合したのは地元南牧小学校の子供たちとその保護者。それから学校の先生たち。

午前中のリサイクル資源回収作業を終え、午後は「親子で遊ぼう夏休み!」ということで、毎年行っている親子で参加の“盛りだくさんお楽しみ会”が過日8月17日日曜日に行われ、保護者の皆さんの協力のもと、子供も大人も楽しい時間を共有することができたように思います。

まずもって、参加いただいた子供たちと保護者の皆さん、とくにその準備にご協力いただいたおとーさん・おかーさんたち、そして多くの雑務や事務的な用をもくもくとこなしてくれた役場の担当職員に御礼!

いやぁー、楽しませていただきました。

2014年8月16日土曜日

そうめん流し?流しそうめん?

 毎年恒例となっている夏休み中の「空き瓶・空き缶・古紙・ダンボール回収PTA事業」は明日8月17日となっているなんもく村。

毎年大勢の小中学校保護者や先生方、中学校生徒の協力を得て行われ、その収益は小学校・中学校にとって貴重な財源となって子供たちに還元されてきています。

さて、この2枚の画像。どこで撮ったものでしょう?
分かった方はコメント欄に投稿ください。ちなみに今回の投稿内容とはまったく関係ありません。

2014年8月7日木曜日

鰍(かじか)鑑賞会

 これはじつに面白い!


 昼間の熱気が徐々に冷め、日はすっかり暮れている南牧川に、足音を忍ばせて滑り降りてゆく私とこぐまくん。



手にはなにやら四角い形をした箱状の物体が抱えられ、ヘッドライトの灯りを頼りに川へと続く小路を降りてゆきます。

時刻は夜の8時ジャスト!
静まり返る川原にはすでに先着の親子のシルエットがぼんやりと浮かび、ときおりあたりを警戒するように手持ちのLEDライトが左右に動いているのを確認。

2014年7月28日月曜日

本物は誰だっ!

 梅雨が明け、猛暑が続くなんもく村。
工房作業場内はこのところ、連日の40度超サウナ状態です。

汗は噴き出し、滴り落ちてくるなか、晩酌の冷えた“第三のビール”を幻のように頭の中に思い浮かべながらサウナに耐える私。

ここのところ内臓脂肪&体脂肪率が上昇傾向にあったことを考えれば、この試練は私にとっては必要なトレーニングなのかもしれません。

これで、“第三のビール”と冷や酒を呑まなきゃ効果もテキメンなんでしょうけど・・・・。


工房内の鉋屑

 毎日工房作業場で仕事をしていると気が付かなくなってしまうのですが、訪れる人が口々に言うことにゃ、『うわぁー!木の匂いが凄くしますねー。』とか『いい匂いがしますねぇ。』なのだそうで、どうやら工房の中には削った材の匂いが充満しているらしいのです。

2014年7月17日木曜日

女性減少率1位かぁ・・・。

 このところ続いていた梅雨の雨もようやく落ち着きをみせ、我が家の目の前を流れる南牧川もその濁りが徐々に薄くなり、今日あたりはすっかり澄んだ流れに戻りつつあるようです。

夏は子供たちと川へ降りて行き、ときに流れに逆らい、ときに流れに乗って、川の水に身を委ねてきたなんもく村での暮らし。

時々ものすごく感じるのですが、子供たちはなんて幸せな時間を過ごしているのだろうと。

1年を通して折々の季節感を鼻腔から吸い込み、目に映りゆくそれぞれの色を感じ、緑濃い季節を肌で感じ、枯れ色の野山を抜ける風をおでこに感じながら・・・。

7/15日付読売新聞紙面から

2014年7月3日木曜日

小さな村の小さな秋祭り

  さて、こまったものなのです。

7月に入り、急に頭の中に入り込んできているのは、毎年9月のなかばに行われている地区の秋祭りのこと。

この村に残るお祭りごとの中で、唯一子供たちも主役として活躍できる磐戸祭りは、毎年小・中学生たちによるお囃子とともに、先人たちが苦労して隣町から貰い受けてきた山車に乗り込み、磐戸宿内を練り歩きお祭りを盛り上げてきたのです。

お祭りのシンボル幟旗(2013年以前の物)

2014年6月23日月曜日

フェスティバル in 敬和

我が家の二人の娘たちが通う敬和学園高等学校は遠く新潟の地に所在。

当然ここなんもく村から通うことはできませんので、二人とも校舎玄関まで所要時間7~13秒ほどの寮に入り学園生活を送っています。
木立の向こうのチャペル
先日、この学園の一年でもっとも大きなイベント「敬和学園フェスティバル」が開催され、高三の長女にとっては最後のフェスティバルということもあり、我が家も家族全員で(といっても私と家内とこぐまくんの3人)新潟の地へと向かったのでした。

2014年6月10日火曜日

村の消防団

第6分団ポンプ車両
日本中に張り巡らされている消防団組織。

こんな小さな山間の村にも当然のことながら南牧村消防団が組織され、日々・・・時々・・・たまーに訓練などしております。

私も南牧村消防団第6分団に所属して、先日は全団訓練に参加してきました。

2014年6月5日木曜日

これ竹の子。食えるの?

 なんもく村も6月に入り、空模様はそれなりに6月らしい気配を漂わせるようになってきています。

“梅雨の走り”とでも言うのでしょうか、グズグズとした天候が朝の気分をなんともなく重くしますね。

シロタケ
このところでたっぷりめに降った雨をきっかけに、工房裏手の竹藪や農道二号線脇の川へと降りてゆく小路付近の竹藪には、ニョキニョキと音を立てるように細めの竹の子が天をめがけて成長を見せています。

2014年5月29日木曜日

さる出没

 下校して、農道二号線脇の空き地「通称・かたじサッカー練習場」で、“ひとりサッカー”に興じていた我が家のこぐまくんが、身を屈めるようにして私に大きく手招きです。

何事かと作業場から外に出ようとした私に、押し殺すような声音でこぐまくんは
『おとーさん、さるっ!』と、声にならない叫びで伝えてくるではありませんか。

思わず『おとーさんはさるじゃない!』と怒鳴りつけようかと思った私でしたが、こぐまくんの様子がふつーではないのです。

さらに身を屈めるようにそばにある薪用材の山に身を寄せて後退りするこぐまくんが、ガードレールの方向を指差し、さらに私においでおいでの手招きを忙しく振りながらその瞳は恐怖の色を帯びているように感じた私。

とっさにゾウリ履きの両足にダッシュを命じて飛び出すように出てゆくと、こぐまくんの指差す方向に毛むくじゃらの獣の姿です。まさしく猿、お猿さんが目の前に居るではありませんか。

ガードレール伝いに農道二号線の路肩を移動するお猿さん。

ガードレールが目線を遮っているのか私が作業場から飛び出してきたことに気がついていない様子です。

ゆっくりと後退りしながら私は、サッカーボールをおなかに抱いたまま身を屈めるように小さくなっているこぐまくんに“そのまま、動くなよ”と合図を送りながら、作業場に常備している秘密兵器ファルコン2を手繰り寄せて再び外へ。

ちなみに、ファルコン2とは何ぞやという方のためにご説明しておきます。
いわゆる競技用パチンコ
とまあ、画像のような代物で、少年時代、二股の木の枝を使って拵えた手製のパチンコよりもちょっと大人のパチンコなのです。少年時代これを持っていた悪友が羨ましかった記憶が、成長して“ことな”になった私に買わせたのかもしれません。

現在の用途は主に獣撃退用として作業場常備品となっております。



 話がそれましたので本筋に。

2014年5月27日火曜日

懐かしい味

 キイチゴ。
別名:草イチゴ。

盛りを迎えつつある山野草のひとつキイチゴが、赤く光沢のある粒粒を実らせ、人も野鳥にも収穫の時期を知らせます。

材料小屋前のキイチゴ
ここにきて一斉にその実が熟し、草葉にも鮮やかにその色ををのぞかせてくれます。

かたじ屋作業場裏の一帯から、乾燥した材をストックする材料小屋の前、母屋横の薪小屋周辺、目の前を通る農道二号線から川へ下ってゆく細道あたり・・・・。


我が家の末っ子長男こぐまくんは、目を輝かせ野生の小動物のように次々に身を翻し、歓声を上げながらその実を摘んでゆきます。

私も一際大きく育った実を捜しては摘み取って、その大きさと赤々と熟した実を自慢しては口の中に放り込みます。

甘く少し酸味の利いたキイチゴの実は、子供のころランドセルを背負いながら夢中になってほおばったあの頃のキイチゴとおんなじ味。何も変わらないのです。もっと黄色い色の実もたしか・・・あったはず。

こんなのがそこら中に!
早朝には、ムクドリたちが地面を這うように生育するキイチゴを食するため下まで降りてきては、この赤く熟したキイチゴをやはり夢中になってほおばっている様子を見ることができます。
ムクドリたちも食べごろををよーく知っているんですね。

食事中のムクドリたちの近くまで寄っていく私を、恨めしそうに振り返りながら高枝へと飛び上がるムクドリ。くちばしには赤い実が銜えられたままです。

このまま放っておけばみな食べられてしまいますから、私とて手放しで見ているわけにはいきません。それぞれの取り分というものがあるのですからそこは譲れないものがあるのです。

葉陰をそっと覗き込むと、上空からは見えないでいたのか、思わずにやけてしまうほど大きく育った赤い実を発見することもあり、なにやらムクドリたちを一歩先んじたようななんともいえない高揚感を覚えるものです。

こんなとき口に放り込んだキイチゴからは、やはり格別な甘酸っぱさが広がります。
う~ん、なんとも懐かしい味なのです。

2014年5月22日木曜日

山村ぐらし支援協議会

 「なんもく山村ぐらし支援協議会」という、なんとも長ったらしいネーミングの活動団体。

その者どもやいったい何するものぞ!というくらい怪しげな団体ですが、活動そのものはいたって地道でまじめな活動をこなしております。

なんもく山村ぐらし支援協議会(以降、協議会と表記)として活動を開始してはや3年半が経とうとしており、活動そのものは1年ほど前から大きな曲がり角に突入し、現在その曲がり角の8分の5ほどを過ぎたところに差しかかっているところなのです。


 当初の活動目的であったなんもく村・村内に散らばる多くの空き家、古民家を徹底調査し、そのデータを古民家データとして蓄積するという気の遠くなるような一大事業を協議会メンバー&役場担当者と供に成し遂げ、じつに360軒を超える空き家・古民家を確認。

その後は県道沿いに大きな移住支援の看板を設置してみたり、協議会発行の定期広報紙「山村ぐらし通信」を年4回の頻度で編集・発行。そのほか協議会HPの立ち上げなどなど。

空き家所有者の承諾が取れた物件には、内部の詳細なデータを収集するための特別調査班が直ちに急行し、ネット上に公開している「古民家バンク」への登録のために物件ごとの間取りなどの情報収集作業。

とまぁ・・・活動そのものは地道に続けてはいるのですが、なんせメンバーの多くは自営業や勤め人など、それぞれに本業をこなしながらの活動となりますので、思い通りには動けないのが現状です。

加えて、当初は“オラが村のために!”というボランティア精神で続けてきた活動も、月日と供にその勢いは削がれ、だんだんと高ぶっていた思いが冷めてゆくのも必定なのです。

大きな曲がり角は、二股の分かれ道へと続いており、一方は曲がり角の8分の5付近にちょいとした思案のスペースがあり、更にその先には道幅が狭くはなりつつもずーっと続いているように見える道。

もう一方の分かれ道はというと、もうすぐそこの見えるところから急に道幅が広がって、じつに歩きやすそうな楽な道。
見ればたくさんの人がその広い道を目指し、背中に背負ったリュックを投げ捨て、投げ捨てられた他人のリュックを踏みつけながら歩き出しているのが見えるのです。


 協議会は現在、二股に分かれる大きな曲がり角の8分の5付近、思案のスペースにて立ち止まり、背中のリュックを揺すり上げて背中に馴染ませているところ。

背中に馴染ませたリュックの重さを肩で感じながら、さてさてこのまま狭く細い道を進むべきか、はたまた少し戻ってあの広くて楽ちんそうな道へ向かうべきか・・・・。思案のしどころです。


  少しずつではありますが、体制を整え前に進もうとしている協議会。
自分達にできることをコツコツと、こなして行ければいいのです。

2014年5月21日水曜日

恵みの雨

 目が覚めると、久しぶりに聴くようなしっかりとした雨音です。

この春は例年になく雨が少なく、なんもく村は渇水状態でしたが、この雨で一息つけるのではないでしょうか。

作物を育てている人たちにとっても、待ちに待った恵みの雨。
早朝の空を見上げて満足げな顔をしている村人(むらびと)が多かったのかもしれません。



 冬の終りに突如として降り積もった信じられないほどの雪の影響で、母屋の雨樋がクシャクシャに曲がってしまった我が家。


曲がって拉げてしまった軒樋からは、小さな滝のような筋が地面に、ウッドデッキに、愛車・新潟一号(BICYCLE 和訳:自転車)のすぐ脇に、音を立てて流れ落ちてきます。

こりゃたまったもんじゃないのです。
弾け飛ぶ飛沫は、縁側の大きなガラス戸をしっかりと濡らし、深い軒に守られるはずのいたるところをビショビショに・・・。

 先日、家主さんにも連絡をいれ、修理をしてくれるとの確約を得てはいるのですが、下見に来るはずの先週はまったくの連絡なし。

本格的な梅雨の時期が到来する前には、なんとか修理して欲しいところなのです。

手間賃を出してくれるなら、私がきれーに直しちゃうんですけどね。



おやっ。
雨の勢いが少し弱くなってきました。
あがるのかな・・・・。

2014年5月18日日曜日

五十嵐くんのたまご

 最近、なんもく村のランドマーク「道の駅・オアシスなんもく」農産物直売所の正面入り口を入って対面陳列棚上段に、“五十嵐くんのたまご”が販売されるようになっているとの噂を聞きつけ、早速手に入れるために行ってきました。

新鮮な五十嵐くんのたまご6個入り


五十嵐くんのたまごといっても、どこぞの五十嵐くんが産み落としたわけではなく、生産者の五十嵐くんが自宅近辺の農園と呼んでいる一帯で地飼いしている10数羽のニワトリたちが産み落としたたまごなのです。



 なんもく村に移住してきたのは昨年の春。
ニワトリたちではなく、五十嵐くんのはなし。

まだまだ村人(むらびと)になって浅いとはいえ、この谷あいの小さな山村で自然を相手に生業を立ててみたいという彼の情熱に、周囲のたくさんの人たちが支援の手を差し伸べてくれます。

あるときは山菜取りのお供に連れ出され、あるときは自宅裏の自称農園を耕し作物を育て、またあるときはヤギたちと供に道の駅近くのちょいと広い畑で汗を流し、そして最近ようやく卵を産み始めたニワトリたちのお尻の下から産みたての卵を回収と、なかなか忙しい日々を送っているようなのです。

自然に近いかたちで地飼いされたニワトリたちが産み落とす新鮮なたまごは、少し小ぶりながら殻のしっかりとした赤玉で、そのほとんどが有精卵なのだそうで、いまどき珍しいのです。

小振りな赤玉が6個
自宅に戻ってさっそく試食。

殻の内側の薄皮が厚めで、殻は割れども膜破れず。
割れた殻の隙間に親指を無理矢理ツッコミ、内膜を破いてようやく開卵。

白い小皿に飛び出した中身はというと、見たことがないほどにこんもりと盛り上がる卵白。その中央に更に盛り上がるように鎮座する卵黄は文字通り鮮やかなイエロー。

もっと赤みを帯びたようなオレンジ色の卵黄を予想していましたのでちょっとビックリなのです。

上から醤油をぐるりと垂らし、箸で白身と黄身を曖昧に掻き混ぜたら、白いお皿の縁に口をつけて・・・。

最も気になるそのお味はと言うと、そりゃあもう!
あとはご自分でお確かめ下さい。

なんもく村の道の駅「オアシスなんもく・農産物直売所(県道から見て左側の建物)」にて販売中です。

自然農園 まほらま 代表者 五十嵐くん 
web site http://mahorama3.com/top.html




2014年5月12日月曜日

母の日

 もうすでに、その齢60に届くのではないかと思われる白いマスクをした男性を供に、かたじ屋前農道二号線をゆっくりと散歩する千原地区の良く知ったおばさん。

なにやらいつもよりも楽しげに、嬉しそうに歩みを進める姿からして、供に連れているのは息子さんのようなのです。

案の定、聞きもしないのにおばさんは、『さとーさん!うちのせがれの長男が今日はねぇ~・・・・』と切り出し、なくなったご主人の20回忌と、母の日に合わせて息子さんが来てくれた事を嬉しそうに話し出すおばさん。

私の知る限り、もうずいぶんとながいこと1人で暮らしてきたそのおばさんは、脚がだいぶ弱くなり、押し車を頼りにときどきかたじ屋前農道二号線を散歩する姿を見かけていましたが、小さなからだをさらに小さく見えるように背中を丸めながら歩いていたものです。

農道二号線上り線方向

弾むような声音で一頻りおしゃべりしたおばさんはお供のご長男を従え、いつもの弱弱しい足取りとは違うたしかな足取りで、かたじ屋前での道草を切り上げ、楽しげな散歩を続けてゆきました・・・とさ。

2014年5月11日日曜日

あたたかな日曜日でした。

 まったくもって5月11日日曜日らしい一日となったなんもく村。

木木の新緑はその色を深くし、徐々に夏の山色に変化しようとしています。

まさに一年で一番素敵な季節かもしれません。



 山山を割り込むように流れる南牧川は、今年の降雨不足のせいか水量に勢いがなく、川底をなめるように流れ下る状況。我が家の裏山の蕨もなんともその生育に勢いがありません。

先日、少しばかりのお湿りがありましたが、まだまだ大地に勢いをつけるほどの雨にはならず、いまだ乾いた大地がぜーぜーと喉の奥から音を鳴らしているような毎日が続いております。

それでも、この山間の痩せた大地に根を下ろす木木たちは、春の営みを粛々と続け、いつものようにいつもの花を咲かせ、いつものように若葉広げ、子孫を残すべくその実を膨らませ始めているのを見ることができるようになってきました。

大地の営みのなんとも無愛想で淡々としたリズム。
それなのに近づいてみるとそこには思いがけないほどの繊細さ。
ほんとうに頭の下がるような誠実さを感じるものがあります。

賢く、文化的な人類には真似のできない無骨さなのかもしれません。

2014年5月7日水曜日

店仕舞いからはや2年。

 早いもので、この小さな山村に移住して11年目となる我が家。

小学校の2年生としてこの地の小さな小学校に転校した長女は、いまでは高等学校の3年生。

保育園に通っていた次女もいつのまにか高校1年生。

生後6ヶ月で、訳も分からずここ群馬の山村に移住してきた末っ子であり尚且つ長男という立場にあるこぐまくんもいまでは小学校の5年生。まったく・・・・いつのまにかこんなに月日が経過してしまったのかと今更ながら感慨に浸ることしばしばの私かたじ屋もいつの間にか42歳。

すみません!嘘をつきました。
もう少し歳をとってしまったような気がします。



「なんもく村・びれっじぴーぷる」を手仕舞いにしてかれこれ2年という月日が経ち。そろそろ第二弾を立ち上げても良いような気分となってきた最近。

この小さな山村は、転がり落ちるように高齢化・少子化・過疎化・勢劣化が進み、誰も勢いを止められないほどに劣化しつつあるような気がしています。

 そんな中、この村に流れを変える可能性を持ったボスが誕生したのは先月の27日。
激しい村長選を抜きん出たのは、型破りな寺の住職さん。

飄々とした風貌からは想像が難しいほどに、英知な脳みそを持つと思われる住職さんは、さてさてこの絶壁に立つ小さな山村をどちらの方向に引っ張って行ってくれるものなのか?興味が深いものなのです。

賛否は両両あろうかと思いますが、もしも見上げた頂にあるものに共通するものがあるのであれば、老若男女問わず、力を貸せることには互いに寄せ合い、この小さき村の将来を見据えて、出来得る範囲にて手を取り合う器量を見せて欲しいものなのです。

もう手遅れかな~・・・・。
いや、まだできることがあるかもよ!