2014年5月29日木曜日

さる出没

 下校して、農道二号線脇の空き地「通称・かたじサッカー練習場」で、“ひとりサッカー”に興じていた我が家のこぐまくんが、身を屈めるようにして私に大きく手招きです。

何事かと作業場から外に出ようとした私に、押し殺すような声音でこぐまくんは
『おとーさん、さるっ!』と、声にならない叫びで伝えてくるではありませんか。

思わず『おとーさんはさるじゃない!』と怒鳴りつけようかと思った私でしたが、こぐまくんの様子がふつーではないのです。

さらに身を屈めるようにそばにある薪用材の山に身を寄せて後退りするこぐまくんが、ガードレールの方向を指差し、さらに私においでおいでの手招きを忙しく振りながらその瞳は恐怖の色を帯びているように感じた私。

とっさにゾウリ履きの両足にダッシュを命じて飛び出すように出てゆくと、こぐまくんの指差す方向に毛むくじゃらの獣の姿です。まさしく猿、お猿さんが目の前に居るではありませんか。

ガードレール伝いに農道二号線の路肩を移動するお猿さん。

ガードレールが目線を遮っているのか私が作業場から飛び出してきたことに気がついていない様子です。

ゆっくりと後退りしながら私は、サッカーボールをおなかに抱いたまま身を屈めるように小さくなっているこぐまくんに“そのまま、動くなよ”と合図を送りながら、作業場に常備している秘密兵器ファルコン2を手繰り寄せて再び外へ。

ちなみに、ファルコン2とは何ぞやという方のためにご説明しておきます。
いわゆる競技用パチンコ
とまあ、画像のような代物で、少年時代、二股の木の枝を使って拵えた手製のパチンコよりもちょっと大人のパチンコなのです。少年時代これを持っていた悪友が羨ましかった記憶が、成長して“ことな”になった私に買わせたのかもしれません。

現在の用途は主に獣撃退用として作業場常備品となっております。



 話がそれましたので本筋に。

2014年5月27日火曜日

懐かしい味

 キイチゴ。
別名:草イチゴ。

盛りを迎えつつある山野草のひとつキイチゴが、赤く光沢のある粒粒を実らせ、人も野鳥にも収穫の時期を知らせます。

材料小屋前のキイチゴ
ここにきて一斉にその実が熟し、草葉にも鮮やかにその色ををのぞかせてくれます。

かたじ屋作業場裏の一帯から、乾燥した材をストックする材料小屋の前、母屋横の薪小屋周辺、目の前を通る農道二号線から川へ下ってゆく細道あたり・・・・。


我が家の末っ子長男こぐまくんは、目を輝かせ野生の小動物のように次々に身を翻し、歓声を上げながらその実を摘んでゆきます。

私も一際大きく育った実を捜しては摘み取って、その大きさと赤々と熟した実を自慢しては口の中に放り込みます。

甘く少し酸味の利いたキイチゴの実は、子供のころランドセルを背負いながら夢中になってほおばったあの頃のキイチゴとおんなじ味。何も変わらないのです。もっと黄色い色の実もたしか・・・あったはず。

こんなのがそこら中に!
早朝には、ムクドリたちが地面を這うように生育するキイチゴを食するため下まで降りてきては、この赤く熟したキイチゴをやはり夢中になってほおばっている様子を見ることができます。
ムクドリたちも食べごろををよーく知っているんですね。

食事中のムクドリたちの近くまで寄っていく私を、恨めしそうに振り返りながら高枝へと飛び上がるムクドリ。くちばしには赤い実が銜えられたままです。

このまま放っておけばみな食べられてしまいますから、私とて手放しで見ているわけにはいきません。それぞれの取り分というものがあるのですからそこは譲れないものがあるのです。

葉陰をそっと覗き込むと、上空からは見えないでいたのか、思わずにやけてしまうほど大きく育った赤い実を発見することもあり、なにやらムクドリたちを一歩先んじたようななんともいえない高揚感を覚えるものです。

こんなとき口に放り込んだキイチゴからは、やはり格別な甘酸っぱさが広がります。
う~ん、なんとも懐かしい味なのです。

2014年5月22日木曜日

山村ぐらし支援協議会

 「なんもく山村ぐらし支援協議会」という、なんとも長ったらしいネーミングの活動団体。

その者どもやいったい何するものぞ!というくらい怪しげな団体ですが、活動そのものはいたって地道でまじめな活動をこなしております。

なんもく山村ぐらし支援協議会(以降、協議会と表記)として活動を開始してはや3年半が経とうとしており、活動そのものは1年ほど前から大きな曲がり角に突入し、現在その曲がり角の8分の5ほどを過ぎたところに差しかかっているところなのです。


 当初の活動目的であったなんもく村・村内に散らばる多くの空き家、古民家を徹底調査し、そのデータを古民家データとして蓄積するという気の遠くなるような一大事業を協議会メンバー&役場担当者と供に成し遂げ、じつに360軒を超える空き家・古民家を確認。

その後は県道沿いに大きな移住支援の看板を設置してみたり、協議会発行の定期広報紙「山村ぐらし通信」を年4回の頻度で編集・発行。そのほか協議会HPの立ち上げなどなど。

空き家所有者の承諾が取れた物件には、内部の詳細なデータを収集するための特別調査班が直ちに急行し、ネット上に公開している「古民家バンク」への登録のために物件ごとの間取りなどの情報収集作業。

とまぁ・・・活動そのものは地道に続けてはいるのですが、なんせメンバーの多くは自営業や勤め人など、それぞれに本業をこなしながらの活動となりますので、思い通りには動けないのが現状です。

加えて、当初は“オラが村のために!”というボランティア精神で続けてきた活動も、月日と供にその勢いは削がれ、だんだんと高ぶっていた思いが冷めてゆくのも必定なのです。

大きな曲がり角は、二股の分かれ道へと続いており、一方は曲がり角の8分の5付近にちょいとした思案のスペースがあり、更にその先には道幅が狭くはなりつつもずーっと続いているように見える道。

もう一方の分かれ道はというと、もうすぐそこの見えるところから急に道幅が広がって、じつに歩きやすそうな楽な道。
見ればたくさんの人がその広い道を目指し、背中に背負ったリュックを投げ捨て、投げ捨てられた他人のリュックを踏みつけながら歩き出しているのが見えるのです。


 協議会は現在、二股に分かれる大きな曲がり角の8分の5付近、思案のスペースにて立ち止まり、背中のリュックを揺すり上げて背中に馴染ませているところ。

背中に馴染ませたリュックの重さを肩で感じながら、さてさてこのまま狭く細い道を進むべきか、はたまた少し戻ってあの広くて楽ちんそうな道へ向かうべきか・・・・。思案のしどころです。


  少しずつではありますが、体制を整え前に進もうとしている協議会。
自分達にできることをコツコツと、こなして行ければいいのです。

2014年5月21日水曜日

恵みの雨

 目が覚めると、久しぶりに聴くようなしっかりとした雨音です。

この春は例年になく雨が少なく、なんもく村は渇水状態でしたが、この雨で一息つけるのではないでしょうか。

作物を育てている人たちにとっても、待ちに待った恵みの雨。
早朝の空を見上げて満足げな顔をしている村人(むらびと)が多かったのかもしれません。



 冬の終りに突如として降り積もった信じられないほどの雪の影響で、母屋の雨樋がクシャクシャに曲がってしまった我が家。


曲がって拉げてしまった軒樋からは、小さな滝のような筋が地面に、ウッドデッキに、愛車・新潟一号(BICYCLE 和訳:自転車)のすぐ脇に、音を立てて流れ落ちてきます。

こりゃたまったもんじゃないのです。
弾け飛ぶ飛沫は、縁側の大きなガラス戸をしっかりと濡らし、深い軒に守られるはずのいたるところをビショビショに・・・。

 先日、家主さんにも連絡をいれ、修理をしてくれるとの確約を得てはいるのですが、下見に来るはずの先週はまったくの連絡なし。

本格的な梅雨の時期が到来する前には、なんとか修理して欲しいところなのです。

手間賃を出してくれるなら、私がきれーに直しちゃうんですけどね。



おやっ。
雨の勢いが少し弱くなってきました。
あがるのかな・・・・。

2014年5月18日日曜日

五十嵐くんのたまご

 最近、なんもく村のランドマーク「道の駅・オアシスなんもく」農産物直売所の正面入り口を入って対面陳列棚上段に、“五十嵐くんのたまご”が販売されるようになっているとの噂を聞きつけ、早速手に入れるために行ってきました。

新鮮な五十嵐くんのたまご6個入り


五十嵐くんのたまごといっても、どこぞの五十嵐くんが産み落としたわけではなく、生産者の五十嵐くんが自宅近辺の農園と呼んでいる一帯で地飼いしている10数羽のニワトリたちが産み落としたたまごなのです。



 なんもく村に移住してきたのは昨年の春。
ニワトリたちではなく、五十嵐くんのはなし。

まだまだ村人(むらびと)になって浅いとはいえ、この谷あいの小さな山村で自然を相手に生業を立ててみたいという彼の情熱に、周囲のたくさんの人たちが支援の手を差し伸べてくれます。

あるときは山菜取りのお供に連れ出され、あるときは自宅裏の自称農園を耕し作物を育て、またあるときはヤギたちと供に道の駅近くのちょいと広い畑で汗を流し、そして最近ようやく卵を産み始めたニワトリたちのお尻の下から産みたての卵を回収と、なかなか忙しい日々を送っているようなのです。

自然に近いかたちで地飼いされたニワトリたちが産み落とす新鮮なたまごは、少し小ぶりながら殻のしっかりとした赤玉で、そのほとんどが有精卵なのだそうで、いまどき珍しいのです。

小振りな赤玉が6個
自宅に戻ってさっそく試食。

殻の内側の薄皮が厚めで、殻は割れども膜破れず。
割れた殻の隙間に親指を無理矢理ツッコミ、内膜を破いてようやく開卵。

白い小皿に飛び出した中身はというと、見たことがないほどにこんもりと盛り上がる卵白。その中央に更に盛り上がるように鎮座する卵黄は文字通り鮮やかなイエロー。

もっと赤みを帯びたようなオレンジ色の卵黄を予想していましたのでちょっとビックリなのです。

上から醤油をぐるりと垂らし、箸で白身と黄身を曖昧に掻き混ぜたら、白いお皿の縁に口をつけて・・・。

最も気になるそのお味はと言うと、そりゃあもう!
あとはご自分でお確かめ下さい。

なんもく村の道の駅「オアシスなんもく・農産物直売所(県道から見て左側の建物)」にて販売中です。

自然農園 まほらま 代表者 五十嵐くん 
web site http://mahorama3.com/top.html




2014年5月12日月曜日

母の日

 もうすでに、その齢60に届くのではないかと思われる白いマスクをした男性を供に、かたじ屋前農道二号線をゆっくりと散歩する千原地区の良く知ったおばさん。

なにやらいつもよりも楽しげに、嬉しそうに歩みを進める姿からして、供に連れているのは息子さんのようなのです。

案の定、聞きもしないのにおばさんは、『さとーさん!うちのせがれの長男が今日はねぇ~・・・・』と切り出し、なくなったご主人の20回忌と、母の日に合わせて息子さんが来てくれた事を嬉しそうに話し出すおばさん。

私の知る限り、もうずいぶんとながいこと1人で暮らしてきたそのおばさんは、脚がだいぶ弱くなり、押し車を頼りにときどきかたじ屋前農道二号線を散歩する姿を見かけていましたが、小さなからだをさらに小さく見えるように背中を丸めながら歩いていたものです。

農道二号線上り線方向

弾むような声音で一頻りおしゃべりしたおばさんはお供のご長男を従え、いつもの弱弱しい足取りとは違うたしかな足取りで、かたじ屋前での道草を切り上げ、楽しげな散歩を続けてゆきました・・・とさ。

2014年5月11日日曜日

あたたかな日曜日でした。

 まったくもって5月11日日曜日らしい一日となったなんもく村。

木木の新緑はその色を深くし、徐々に夏の山色に変化しようとしています。

まさに一年で一番素敵な季節かもしれません。



 山山を割り込むように流れる南牧川は、今年の降雨不足のせいか水量に勢いがなく、川底をなめるように流れ下る状況。我が家の裏山の蕨もなんともその生育に勢いがありません。

先日、少しばかりのお湿りがありましたが、まだまだ大地に勢いをつけるほどの雨にはならず、いまだ乾いた大地がぜーぜーと喉の奥から音を鳴らしているような毎日が続いております。

それでも、この山間の痩せた大地に根を下ろす木木たちは、春の営みを粛々と続け、いつものようにいつもの花を咲かせ、いつものように若葉広げ、子孫を残すべくその実を膨らませ始めているのを見ることができるようになってきました。

大地の営みのなんとも無愛想で淡々としたリズム。
それなのに近づいてみるとそこには思いがけないほどの繊細さ。
ほんとうに頭の下がるような誠実さを感じるものがあります。

賢く、文化的な人類には真似のできない無骨さなのかもしれません。

2014年5月7日水曜日

店仕舞いからはや2年。

 早いもので、この小さな山村に移住して11年目となる我が家。

小学校の2年生としてこの地の小さな小学校に転校した長女は、いまでは高等学校の3年生。

保育園に通っていた次女もいつのまにか高校1年生。

生後6ヶ月で、訳も分からずここ群馬の山村に移住してきた末っ子であり尚且つ長男という立場にあるこぐまくんもいまでは小学校の5年生。まったく・・・・いつのまにかこんなに月日が経過してしまったのかと今更ながら感慨に浸ることしばしばの私かたじ屋もいつの間にか42歳。

すみません!嘘をつきました。
もう少し歳をとってしまったような気がします。



「なんもく村・びれっじぴーぷる」を手仕舞いにしてかれこれ2年という月日が経ち。そろそろ第二弾を立ち上げても良いような気分となってきた最近。

この小さな山村は、転がり落ちるように高齢化・少子化・過疎化・勢劣化が進み、誰も勢いを止められないほどに劣化しつつあるような気がしています。

 そんな中、この村に流れを変える可能性を持ったボスが誕生したのは先月の27日。
激しい村長選を抜きん出たのは、型破りな寺の住職さん。

飄々とした風貌からは想像が難しいほどに、英知な脳みそを持つと思われる住職さんは、さてさてこの絶壁に立つ小さな山村をどちらの方向に引っ張って行ってくれるものなのか?興味が深いものなのです。

賛否は両両あろうかと思いますが、もしも見上げた頂にあるものに共通するものがあるのであれば、老若男女問わず、力を貸せることには互いに寄せ合い、この小さき村の将来を見据えて、出来得る範囲にて手を取り合う器量を見せて欲しいものなのです。

もう手遅れかな~・・・・。
いや、まだできることがあるかもよ!