2015年12月27日日曜日

南牧(なんもく)村はこれからどうなっていくのかな?



 この村での生活も12年。

まだ小学校の2年生になったばかりだった長女も今では大きくなり、ゆうに3メートルを超えるようになって・・・・そんなにデカいわけないよな。

いまでは山梨の地で大学生となり、小さかった次女もまたそれなりに成長して家を離れ、寮生活を送りながらの高校生活を送っています。

5人で暮らしていたなんもく村での生活は現在3人暮らしとなり、なんだか忙しなく年の暮を迎えようとしている我が家。

2015年12月4日金曜日

なんもく村・古民家の改修~2階編・その3~

 2階部分の解体・撤去および片付け作業が終了したのは、現場に足を踏み入れてから9日後のこと。

何十年に渡って仕舞い込まれていた不用品や無数の建具。
かつての養蚕が盛んなりし頃の煤けた養蚕道具はきれいさっぱり撤去され、燃やせるものは庭先に落ちていた大きな大きな鋳物の釜を半分地中に埋め込んで炉の代わりとして連日焼却処分。

庭先の焼却施設の番人・こぐまくん

2015年11月13日金曜日

なんもく村・古民家の改修~2階編・その2~

 三半規管が悲鳴を上げてしまいそうな柱の傾きは、見つめ続けているとめまいを起こしてしまいますので30秒が限界。

急激な勾配を見せるうねった二階床には、ここはゲレンデか?と見まごうほどの勾配を見せる箇所もあり、うーんビューティフル!な眺め。

真っ黒に煤けて燻しあがった柱や梁は触れるだけで、ポロポロと付着したタールと煤の固形物が落っこちてきますので早期に手を打たなければいけません。

軒桁の入っていない軒と無造作にぶっつけされた角材

以前は外部だったと思われる北側の廊下部分には垂木を支える軒桁が入っておらず、付け足された垂木には、以前の屋根修理の際にぶっつけでビス止めされた角材が無造作に繋ぎ止められているのみ。
これは結構恐ろしい。

2015年11月11日水曜日

なんもく村・古民家の改修~2階編・その1~

 なんだか忙しない日々を送っている最近。

7月の半ばまで関わっていた古民家の改修工事は、一階cafeのオープンでいったん終了となり、10月からは第二期工事・2階部分の全面改修工事へと進むことに。

9月の半ばくらいから、制作の合間を見て作業をしてきましたが、10月からはほぼ改修工事メインの体制となり、今月に入ってからはいよいよ“ケツに火が付いた”状態の私。

最初に足を踏み入れた時の2階

2015年10月19日月曜日

秋晴れの南牧村はおてんま日和(おてんまってなんじゃ?)

県道45号線から眺める千原橋のアーチと集落

 きょうは朝6時から村の道路清掃の日。

各地区をはしる主要道路の清掃活動を、全村で行う恒例行事となっています。

2015年10月15日木曜日

へのへのもへじ

かなしそうな“へのへのもへじ”

 あさの6時。

南牧(なんもく)村は少し冷え込んで、かたじ屋近辺での外気温は摂氏5℃となりました。

昨年にも増して薪を拵える作業が遅れている我が家では、例年なら薪小屋周辺の軒下までいっぱいに積まれているはずの薪がまだ半分程度の有様。

“へのへのもへじ”の奥に見える窓のあたりも、薪が積まれて見えなくなっていなくてはならないはずなのですが、現在は御覧の通りなのです。

2015年10月1日木曜日

クルミの実の落ちるころ


 ここ数日で一段と秋の気配を深くしている南牧(なんもく)村。

夏が過ぎ、秋が進むにつれて、重たそうに枝先にぶら下がるクルミの実の房は徐々に外皮が茶色に変色しポトリポトリと房から離れて落下していきます。

2015年9月25日金曜日

国勢調査のオンライン回答はとっても楽ちんでした!

村役場の担当課から、国勢調査・調査員の役目を仰せつかった私。

調査票を使った従来の調査を前に、今回からインターネットでの回答ができるようになったことを受け、インターネットでの回答を呼びかけるチラシとインターネット回答用の識別データの配布作業を行ってきました。


2015年9月8日火曜日

雨の中、資源回収作業が行われたなんもく村

なにこれっ?ちょーかっこいいのです。
朝から弱いながらも降り続く雨。

それでも決行された全村対象の空きビン・古紙・段ボール・アルミ缶の資源回収事業。

南牧村の小学校・中学校のPTAを中心に、各学校の先生たち、児童生徒たち、はては村議会の議員さんたちまで協力に駆けつけて予定通りに行われたのでした。

細長く位置する南牧村の全村を対象に、事前に打ち合わせた分担を各担当者が巡回し回収。回収が完了した地区は収集場所で待機する本部に逐一報告されチェックされてゆきます。

応援要請の連絡に対応しては手の空いた会員に指示を出す小学校の教頭先生。役に立たない小学校のPTA会長に任せてはおけないのです。

2015年8月14日金曜日

4年半ぶりに我が家に新車がやってきた!

 歴代の車体は、年数の浅い順でいうとレッド~ブルー~イエロー(和訳すると赤~青~黄色)と遡り、現存するもっとも古い車体が紺色。

その現存するもっとも古い車体は、納車時から数えて実に25年もの間私の脚として、雨風・強い日差し・吹きつける向かい風の中を共にしてきた車体、知る人ぞ知る名車“新潟1号”なのです。

新潟一号

2015年8月5日水曜日

なんもく村の古民家は、新たな住人を募集してます。

 朝の静けさに堪えきれないのか、早くも騒ぎ出したミンミンゼミ。

すでにそこら中から二重三重になって聴こえるようになり、短い一生を(セミたちにとって)大急ぎで生きているかのようなのです。

古民家・かたじ屋母屋

我が家を離れていた次女・真子さんが部活の合間を過ごすため帰省し、彼女の友人もやってきて賑やかな数日を送っているここかたじ屋母屋。

明け方はまだ肌寒いほどの南牧(なんもく)村は、連日酷暑を報道されているあの群馬県と同県とは思えないほどの快適さです。やはりアスファルトとコンクリートが蓄熱する都会のうだるような暑さとは違いがあります。

2015年7月11日土曜日

ゴホンといえば・・・龍角散。

 静かな土曜の朝です。

梅雨がまだ明けていない中、きのうに続いて今朝も青い空が広がっているここ南牧村。
予報では、今日は真夏のように暑くなるとのこと。

もう一週間もしないうちに子供たちは夏休みだそうで、『えぇ~!もう夏休みなの?』というのが正直な感想で、なんとも実感として伝わってきません。

山肌から立ちのぼってゆく朝の水蒸気(かたじ屋母屋前から)

2015年7月3日金曜日

古民家の改修作業~その5(cafe厨房付近の改修)~

 気がつけばもう7月。

1階にオープン予定の“ちょっとしたcafe”プレオープンまで10日を切るところまできた古民家の改修工事。

これはかなりギリギリのタイミング。

現在、仕事としての木工事は9割方完了し大きなカウンター上の化粧枠を回してあとは外回りの補修が残るところとなります。

これからは出入り口ドアやカウンター上の引き違い建具、外回りの窓建具を制作して納める作業をこなしてゆかなければなりません。

大きく落ち込んでいた角の床を修復

2015年6月15日月曜日

古民家の改修作業~その4(2階解体撤去)~

 数日間にわたる古民家2階の解体撤去作業もようやく終り、かつて養蚕や農作業での物置兼作業スペースとして使用され、その後はながらく物置や一部を改造して当時の息子さんのための子供部屋として使用されていたと思われる広い空間(30坪余り)には、モノがなーんにも無い状態となりすっかり片付いたのでした。
鼻の穴まで真っ黒になった泥床の撤去作業

2015年6月1日月曜日

ミミズ<モグラ<野良ネコ<私

 我が家の横っちょにある通称“薪小屋”。
その薪小屋の周辺は10年以上に渡る薪割り作業の作業スペースとなっています。

雑木を玉切りしたり、薪割り斧の通用しない股物や繊維の絡み合った用材をカットする際に出るチェーンソーからのチップで厚く覆われ、掘り返してみると下のほうは真っ黒でフカフカの土になっています。

良質の土に変化しているその周辺にはミミズが拠点を構え活動を活発化させ、さらにそのミミズを狙ってモグラが地表付近にまで縦横無尽にトンネルを掘り進んでいるのを確認できます。


2015年5月22日金曜日

古民家の改修~続き3~

竹の平篭が何十枚も出てきた二階。
盛んだった養蚕の名残です。

 物置の二階伝いに脚を踏み入れた古民家本体の二階。

ざっくりと片付け、内部に放置されていたさまざまな物品や道具類を寄せ集め、とって置くものと廃棄するものを選り分けながら外に向かって放り投げる準備が整った状態で証拠写真を一枚。

南牧川を望むことができる北側の外回り開口部には、まるで寸法が合っていない格子の折れた障子がガタピシと嵌め込まれ、足元には踏み締めるほどの竹の葉っぱが散らばり、掻き集めればひと山の砂山が作れそうなほどの土埃に覆われた二階。

それでも、予想よりもはるかに物が少ないと感じた私。

作業班班長の私が暮らすかたじ屋母屋の二階の片付け作業を思い起こせば、ガランとした印象を受けてしまうほどなのです。12年前を思い出すのも恐ろしいほど、ありとあらゆる物が投げ込まれ放置されていたかたじ屋母屋の二階。

“不開の引き戸”として恐れられていた二階入り口の一本引戸を引き開け、雨戸に締め切られ真っ暗な空間に目を凝らしたあの日が昨日のことのように思い出されます。それはそれは恐ろしいほどの物量でした・・・。

2015年5月10日日曜日

芽が出て膨らんで、は~なが咲いたら実ができるゾ!

今朝のかたじ屋前・農道二号線

 今日は日曜日。

ここ南牧(なんもく)村もゴールデンウィークをやり過ごし、少し落ち着きを取り戻した感のあるなんてことのない日曜日となりました。

あさからものすごーくいい天気となっています。



かたじ屋母屋の鼻先に造成された“一坪農園”では、三筋の畝に3種類の種が蒔かれ、3種類ともに芽を出しすこやかな成長を見せ始めています。

2015年5月8日金曜日

焦点距離58cm



 若かりしころは、あれほど良かった視力。
隣の席の美弥ちゃんが左腕でしっかりと隠して見せてくれなかった答案用紙も、若かりしころの私の視力にかかれば腕の向こうの答えが透けて見えてしまうほど・・・だったような気がするのです。

視力が良かった人ほど老眼の進行が早いなどとよく聞きますが、最近の私の視力には著しいほどの老化が見られ、なんとも年齢を感じずにはいられないものです。



2015年4月25日土曜日

古民家の改修~続き2~

解体前の厨房前カウンター付近

 当初、二階部分の撤去・片付け&床の捨て張りまでを先行して行い、2階床すなわち1階天井の隙間からの砂埃落下を最小限に抑える方向で検討していましたが、1階でのカフェ営業責任者でもあるユキちゃんからの要請があり、1階厨房周辺の解体撤去を先に行うこととなりました。

もともと数年前までは、古民家として空き家になっていたこの物件を“蕎麦屋”として営業していたこともあり、当時の借主がそれなりの体裁でリフォーム済みの1階内部。

予算のこともあり、そのまま再利用してのカフェ営業も視野に入れていたのですが、なにぶん使い勝手に難がある状態なので思い切って改修する事に。

2015年4月18日土曜日

古民家のリフォームが始まりました。

 4月の声を聞いて間もなく、かねてから計画のあった村内某所にある古民家の改修に取り掛かることとなった私かたじ屋。


私が暮らすここ南牧(なんもく)村では新年度を迎え、村の新たな政策のひとつとして村内に残されている多くの空き家古民家の中から、ある程度状態が保たれ、尚且つ限られた予算内で改修することによって村営の古民家住宅として再利用できそうな物件を村が買い上げor長期での借り上げを行い、移住希望者や村内での店舗利用などに利活用してもらおうという事業がスタートしています。

今年度、この新たな取り組みによって村内の5~6軒ほどの古民家が村によって買い上げor長期借り上げの予定となっているそうで、これまでなかった村の取り組みがいよいよ動き出したここ南牧(なんもく)村なのです。

2015年4月5日日曜日

桜の季節・長女引越しの顛末



家内の実家裏の小さな公園


 月を跨いで南牧(なんもく)村を離れていたかたじ屋一家。

華の都TOKYOシティはすでに桜も満開、至る所でこんもりと盛り上がるように枝先を膨らませ、はかないほどの白さで咲き誇る道々の桜を眺めながらの日程となりました。

好天にも恵まれ、長女が進学を決めた山梨県は都留市に向かい、4月から一人暮らしをはじめる部屋を確認後その脚で家内の実家・西新井へ。

毎年この時期に、義父の墓がある茨城の義父・生家近くのお墓に出向くため、家内の母親を連れて墓参りを行うのが恒例行事となっているのです。

今回の日程は、この墓参りに加え、長女のアパート引越し作業も兼ねていましたのでなかなかのハードスケジュールとなりましたが、なんとか予定をこなして一昨日帰村となりました。

2015年3月24日火曜日

パソコン音痴の家内がホームページ?



 このところなにやら不穏な動きを見せていた我が家の奥方。
どうやらピアノ教室のHPをちまちまと作成していたようなのです。

Googleの、無料サイト構築サービスを利用しての簡易HPではありますが、ようやく公開にこぎつけたようです。

2015年3月19日木曜日

南牧(なんもく)村にもピアノ教室があるんです。

つくしん坊と水仙

 ここ南牧(なんもく)村にも、ようやく春の気配がダイレクトに感じられるような日が続くようになってきています。

この数日はポカポカの日が続き、日中は汗ばむほど。

母屋横の薪小屋に積み上げられていた薪は最後のひと柵が半分ほどに減り、いよいよ薪ストーブシーズンが終りに近づいてきたことを実感させられるのです。まるで量ったかのように・・・。



 3年間の高校生活を終え、次なる学びの場へとステージを移すことになる我が家の長女・愛子さん。
暇をもてあましているようなので、このところ私の作業場でお手伝いです。

次から次に作業を割り当てられ、暇つぶしにもなるせいかまんざらでもない様子でこなしてくれています。

ネット販売への出荷作業やら、制作品のパッケージに使う“木工房かたじ屋”のロゴ入りシール作りやら、バーコードシールの切抜きやら、雑用を次々にこなしてくれるのでとーっても助かっているのです。

2015年2月24日火曜日

山村暮らしには不思議なこともあるもんです。【其の一】

けさ、撮れたての新築現場

この村に来て丸11年。
この村で新築の現場を目にするのはと~っても珍しいことなのです。

真新しい色をした柱や梁、化粧柱の養生紙。
シロアリ防腐剤のオレンジ色に塗りたくられた土台。

まだ大工さんたちが来ていない早朝の時間、忍び足で新築現場の様子を覗いてきました。

こじんまりとした方屋根造りの新築現場には、和室の造作が見られる部屋がふたつに西側に玄関らしきスペースとその他のスペース。

奥には一坪分のユニットバスが入ると思われるスペース。

方屋根の高いほうには屋根裏部屋のような大きなスペースも見られ、中二階造りといった感じのこじんまりとした建物になっているようなのです。

いったい誰が住むことになるのか?
今のところわかっておりませんが、内部の様子からして若い人ではなさそうな感じ、おそらく年配の方ではないかと推察しています。

2015年2月9日月曜日

けものたちの気配


穿られたイノシシの穴

 母屋の西側、いくつかの庭木が植えられている庭が無残なまでに荒らされて、土が掘り返され植物の根が喰いちぎられています。

犯人は恐らく“イノシシ”だろうと思いますが、それにしても派手に荒らしてくれたものです。

裏山の旧畑地と母屋の建つ敷地とは3~4メートルほどの段差があり、そこにはこの土地特有の石垣がたかくそびえ、擁壁としてながく母屋を守ってきているのです。

2015年1月30日金曜日

降るのかぃ?

犠牲になった1980年代の西沢スキー板(家内のもの)

昨晩の天気予報では、何が何でもきょうの明け方からは雪・雪・雪の予報。

関東地方全域が白い雪マークに覆われ、あさ目が覚めたころには外は雪景色になっているはずと力説していましたが、明け方から降っているはずの雪はいまのところまったく見当たりません。

午前5時過ぎに起床した私は、日課でもある薪ストーブへの火入れも後回しに大きなガラス戸のカーテンをめくって外の様子をうかがい、そしてものすごくガッカリしたのでした。

ここ南牧(なんもく)村は、大きな予報を裏切ることがしばしばあるのです。

『なんだよぉー。全然降ってねーじゃん!』

ひとり、ムッとしながらも、我が家で唯一の暖房器具である薪ストーブに火を入れ、着火を確認すると休む間もなくPCの電源を入れ、そして朝のこーしーをマグカップで6杯分ほどセットします。

こんなことを聞かれたら村のほとんどの人たちに怒られるかもしれませんが、期待をしていただけに本当にガッカリなのです。

2015年1月22日木曜日

巣箱掛けは無理かな?

 群馬県・なんもく村は、けさ暖かな朝となりました。

午前6時半の外気温は-1℃。
昨日が-7℃でしたから、なんだか暖かいくらいの朝です。

二世帯アパートメント巣箱(かたじ屋前庭)


末っ子長男こぐまくんの通う地元南牧小学校では、この時期に黒滝山に登って野鳥の巣箱掛けを行っているそうで、本日がその巣箱掛けの日となっています。

午前中を利用しての巣箱掛け、問題は天候なのですが、なんとか持ち堪えていたなんもく村の空からは、さきほどパラパラと雨粒が。

朝の気温がこれだけ暖かいということは、雲が上空を覆っているということですから、天気の回復は難しいかもしれません。



巣箱掛け作業用のオレンジ色のリュックを胸側に、午後からの授業に使う教科書が入ったランドセルを背中に背負ったこぐまくんはたった今、降り始めた雨の中を登校してゆきましたが、どうなることやら・・・。

もしかしたら雪になるかもしれませんね。

2015年1月19日月曜日

「南牧村」検索ランキング急上昇!だったそうです。

 新たな年を迎えたことを機会に、もう少し投稿の頻度を上げようと決意したのもなし崩しとなり、思い出したようにPC前でキーを打ち始めた私。

なにやら某TV局の某“噂の東京マガジン”なる番組にて、ここ南牧(なんもく)村が取り上げられたようで、その反響は凄まじく、聞くところによればYahoo!検索での検索キーワードランキングが一時3位にまで急上昇!

ネット上ではさまざまな憶測が飛び交い

『いったいなにがあったんだっ!』

『群馬県の南牧(なんもく)村が急上昇!』

などなどのレビューが次々に流れていたようです。

メディアの影響力というのはすごいものです。

放送直後からしばらくの間は、村が誇るCATV局管理のインターネットサーバーがアクセスを裁ききれなかったのか、村の公式HP等関係サイトがアクセス不能に陥るほど。

南牧(なんもく)村オフィシャルサイト

2015年1月5日月曜日

私にもあった18の頃

 高校生活を新潟の寮で過ごしていた二人の娘たちが帰省して、しばらくぶりに全員集合となった我が家。 
やっぱり家族勢ぞろいはいいモンです。

ナノブロック・ゼロ戦~こぐまくん作~

 小学校2年生の春、ここ南牧(なんもく)村にやってきた長女も、3月には高校を卒業し、新たな地で大学生活をスタートさせる予定なのです。

これまでの寮生活とは違い、大学近くのアパートでの一人暮らし。
期待と不安に胸を膨らませたり、しぼんでみたり、のことだろうと思います。



そういえば、長女と同じ18のころ、私もひとり東京に出て、4畳半一間のアパート暮らしをはじめたんだっけなぁ・・・。
千駄木駅から団子坂をのぼって少し先を右の路地へ入り込み、てくてく歩いて動坂上方向。

銭湯を過ぎてクランクを曲がったその先にある古いアパートでした。たしか・・・川上荘とか言ったかな?記憶が定かではありません。