2017年7月9日日曜日

村を離れる子育て世代



 すでに大台の2000人を割り込んできたオラが村・南牧(なんもく)村。

なんの数字かといえば、当然のことながら村人数。ムランチュの人数のこと。

近いうちに割り込むことは分かっていても、現実にその数字を見ると何とも言えない陰力を伴った感慨を感じるものです。



当然のことながら、村内で子供を育て、義務教育の期間、村の小学校・中学校に子供たちを通わせている世帯の数も減る一方なのです。

子供たちの数が減り続けることで、学年に一桁数の児童・生徒というのは当たり前となり、義務教育予備軍から見渡してみれば5本の指でさえ余るのが半数以上という現状。

すでに数年前には児童数1名という学年も現れ(現在ではご両親の決断により児童数ゼロ学年となっている。)子を持つ親であればだれにでも、そのご両親の葛藤を想像することができるものです。



似たような状況はどの年代にも起きていて、我が子の置かれている状況を何とかしてあげたと考えるのは当然のこと。タイミングを計りながらこの村を離れ、我が子を少しでも仲間の多い環境に、少しでも選択肢を選べる環境においてあげたいと考えるのは至極当たり前というものなのです。





村の打ち出している子育て支援制度に魅力を感じ?この村で子育てを続けている若い世代の親御さんもいるようですが、当初は画期的であった各種子育て支援も、いまではどの自治体でも取り組んでいる制度となり、その狙いは頭打ちとなりつつあります。

少ない児童・生徒数のなかでは、本来どこにでも当たり前に得ることができたはずの選択肢を見つけ出すことができず、与えられているなかで適応できなかった子供たちはそれしかないものと思い込まされながら過ごすしかないのかもしれません。



友達関係ひとつとっても、クラスメイトが多い環境であれば気の合う友人を見つけ出すことができたでしょうし、強く関わる必要がないと感じればそれなりの関係のままでいることもできるものです。

小学校高学年のころから子供たちの価値観というのは、大人が想像している以上に“こども”からの脱皮を繰り返し、情報を吸収し、未熟ながらも子供たちなりに周りの出来事や状況を感情をもって評価できるようになります。

そしてその中には『友達を選ぶことができない!』ことを、苦痛と感じるケースが多いということ、その感情を内包したまま普段を過ごすことができているということを大人たちは意識しなければなりません。



今よりはずっと多くの友人・クラスメイトがいることが当たり前の環境で、現在の子育て真っ最中世代&現在のオッサン・オバチャンたち世代が子供の頃は、はるかにそうした環境を当たり前に育ってきたのだろうと思います。





この小さな村の小さな小学校・中学校は、村の威信にかけてでも存続させることが目指すべきことなのか。

とうの昔に子育てを終え、現在を想像すらことが難しい歴々の中には、村立の教育施設を残すことこそ全うすべき道と唱える向きもありますが、はたして本当にそれが望まれていることなのか?いま一度、自分たちが子供だった頃の状況を重ね合わせながら現在を想像してほしいものです。



この村で生まれ、育った人たちの中には、気が付かないうちに村内という枠に縛られ、その枠の中でしか動きを想像できないと感じさせる場面があります。

その枠の中であれこれ動かしてみたり、くっつけてみたりを想像し、狭い視野で理想像を見つけ出そうとしているのかもしれません。

もしかしたら今なすべきことは、枠の外にあるのかもしれません。

現在の子育て真っ最中世代が、この村での子育てに感じている不安感、数年後への落胆、村脱出によって得ようとする環境の変化、村での生活への見限り。



思い切って隣町に頭を下げ、

『お願いですからオラが村の子供たちも、あなたの町の小・中学校に通わせることができるようにしてください!』なんてやってみたらどうなんでしょう。

もちろん、小さな学校ならではの、ほかでは得難いプラス要素がたくさんあることはよーく分かっていますが、現状を差し引きした結果をプラスと判断するご家庭は残念ながら非常に少ないと思います。

もちろん、人数の多い環境の中では今までは無かった悪影響やデメリットと感じさせる事柄が現れてくることでしょうが、小さな村の狭い枠の中で策を巡らせるふりをするよりはずっと環境は改善されるだろうと想像ができます。



待ったなしの状況。

子育て環境からくる離村という負のスパイラルは、確実に進行し、予備軍ともいえる若い子育て世代は賢明な判断をしようとしています。

7 件のコメント:

  1. 返信
    1. ファーストアルバム

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  2. 「過疎化の進行する村」と掛けまして「空手の寒中稽古」と解きます。その心は「親切(新雪)で、いたわり(板割り)、頑張ります‼︎」

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    1. ずいぶん苦しんだ様子が手に取るように見えてきます。
      無理がありますが、のび太くんとしては良しとしましょう。

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  3. 匿名9/07/2017

    かたじ屋殿

    風呂川の河童

    大変ご無沙汰しておりました。
    覚えておられますでしょうか?カッパでございます。
    失礼してからもう一年半ほどになりますでしょうか。
    この間、仕事と両親の日々を送っておりました。

    定年退職と共に実家の両親のサポートが始まり、再雇用の勤務も続いてスタート。
    そして、前触れも無く母の骨折により翻弄される生活がはじまりました。

    〇母
    大腿骨骨折で手術入院(3ヵ月)
    リハビリの為転院(3ヵ月)
    完治するも先々を考慮し老人ホームへ(4ヶ月)
    4月に腰椎圧迫骨折でホーム解約しリハビリ入院へ(3ヵ月)
    〇父
    12月に急性脳梗塞で入院(1ヵ月)
    年明けまもなく転倒によりガラスで顔を切り、数か所縫い合せ処置後施設入所(3週間)

    現在、父93歳・母88歳(認知症)の希望通り自宅で二人暮らしをおくっています。
    カッパも欠けた頭の皿を交換し、脳ミソと心のヒートダウンと静養・調整をし・・・両親共に
    ナントカ落ち着いています。

    介護に正解はありません。一人では乗り切れません。常識や道理等はなかなか通じません。
       子と親の間には溝や壁があります。(生身の人間を見ましたよ)
       介護サービスは手間暇がかかります。  
       人生は個々それぞれ、抱えたら自分が潰れます。
       ザックリでありますが、こんなことも経験し思いました。※カッパ個人の意見として。


    唐突に現れて言い訳を並べましてすいません。
    また、かまってもらえたら幸いと思っています。   

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    1. かっぱどの

      生存を確認できホッとしております。
      頂いたコメントを何度か読み返し、公開とさせて頂きました。

      まことに一寸先には何が起こるのか、何が待ち受けているのか分からないものですね。
      かっぱどののご苦労、またご心労、我がことになぞらえながら読ませていただきました。

      肉親のことであるがゆえに、心の中でのさまざまな葛藤もあったことと思います。心中を察するには未熟な私ですので想像の域を出ませんが、大変なご苦労があったことと思います。

      かっぱどののこれからに、良い出来事が織り込まれますように!

      ※超スローペースなブログ更新ですが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。

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  4. ヘルスメーター9/11/2017

    かたじ屋殿

    丁寧に読んでいただきありがとうございます。
    かたじ殿の言葉にホッとするものを感じました。

    介護サービス・助成制度は有り難いものです。
    しかし、駆け足で老いていく父には『面倒なもの』としか映らず、サービス全てを拒否しました。
    行政や医療はサービス・施設の使用ありきでボールを投げてきます。
    でもですね・・・生きること生活することの権利は両親にあります。
    この辺がホント家族にとって悩ましいのでありますよ。
    正解などありません。
    だから・・・現在生活している両親の吞気な顔を見ていると『まっ、いっかぁ〜』なんです。


    将来の健康を考え、片足をそっと浮かして体重計に乗り始めたカッパかな。

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